育てなきゃならぬ!
産んだその時から、育てなきゃならぬ!
ここからの話も
第一子長男と第二子長女の話がごちゃまぜになるだろう。思いつくままの昔話だから。恥ずかしい話も書いちゃうと思う…
長男しんのすけ 長女ひまわりという名前にします。
6kgで生まれる予定だったしんちゃんは、3kg弱でとっても小さい。赤ちゃんと触れ合うのは初めてのことで何事もうまく進まない…病院であれやこれや習ったがとても不安。座禅を組んでいたからか足の薬指がずいぶん曲がっている。おっぱいはとてもよく飲むが、足りないらしい。怒ってるみたいに泣く。粉ミルクもあげないきゃ!病院から、もらつていた粉ミルクの缶を開け、準備した哺乳瓶へ。飲みやすいらしく、哺乳瓶はすぐ空っぽになる。
帝王切開の厄介なところは、長引く痛みと慣れない赤ちゃんのお世話の同時進行。
そんなこんなの慣れない子育ての日々、埃じゃ人は死なないと雑に考えることにする!
とにかく、おっぱい飲んでくれて…うんち出してくれて…お風呂に入れられたら…もうそれでいい。それだけでいい。
1ヶ月検診がやってくる。しんちゃんは大きくなり過ぎたよう、粉ミルクはあげないで!と言われた。
でもおっぱい足りないって怒ってる気がする…
私はその日からうすーいミルクを作った。
この検診でもうひとつ私を悩ませたのは母子手帳に書かれた
“脱腸の疑い”
先生から説明されたが、よくわからない。
帰ってから、本を開く…ネットで検索なんてことはまだできない時代だ。
腸が足の付け根あたりから、飛び出してしまうらしい…男の子はタマタマの中に入り込むらしい…
全然わからない…どういうこと??
これがわかる日が来た。泣いたしんちゃんのおむつ替えをした時にびっくり、片方のタマタマが大きくなって、中に…これが脱腸か!
近くの個人病院へ急ぐ。
でもそこの先生は何もできなかった。本には腸を元の位置に戻せるって書いてあったのに…
ちょっと遠い小児科へ。焦るが、ベビーカーだ。まだ首もすわってないから、乱暴に走るわけには行かない。
さすが小児科の先生、技アリ!腸がすぐに戻っていった。大学病院の小児外科への紹介状をもらい帰宅。すごく気持ちが落ち込んだ…手術しないといけないらしい…
数日後、夫とタクシーで30分、大学病院へ。
診察中は親は部屋から出なければならないらしく…
ツラい。診察室から泣きじゃくるしんちゃんの声。キツイ。夫もキツそう。子供に関して同じ思いを共有できるようになってきた。
手術は3ヶ月になったら。
お腹切るには小さすぎるよ。心配してあれこれ聞く私に医者はこれはめちゃくちゃ簡単な手術だと言う。内臓を切るわけじゃない、袋を縫うだけだと。でも全身麻酔だ。怖い。こんな小さな赤ちゃんに…(T . T)
それも悲しいことに、穴は左右2箇所ある可能性大。もう1回手術することになるだろうと言われた。
何度か大学病院へ通い、その日が近づく。
近所の小児科にも通った。腸を戻してもらうために。通ううちに、私も腸をタマタマから戻す技を習得。先生の技を見て学んだ!職人のように!
入院。小児病棟の明るい病室。6つのベッド。
もちろん私も一緒に入院。2泊くらいしたのか…?
忘れてしまった。
先生が脱腸の手術を簡単と言い放った事に納得した。
ベッド周りを見ればもうそこに何ヶ月も…何年も?入院している事がわかる。
軽口を叩いてはいけない場所だ。私なんぞが大変ですね…なんて口が裂けても言えない。6人部屋の一番端っこでとにかく静かに過ごした。入院したあの何日間は 私のその後の子育てに影響したことは間違いない。